物語だんだん

だんだん物語となるべし段の談

松田画伯の子どもたち

画像 洋平とユカリ

 朝稽古の仕上げに竹を切った。太刀の切れ味はまあまあだった。洋平は落ちた竹を片付けて庭を軽く掃いた。放っておいてもお手伝いのカヤさんがきれいに片付けてくれるのだが、師匠の深谷家元がいつも自分で道場の雑巾掛けまでしているので、洋平は稽古の後始末は自分でするようにしていた。

 洋平

 居合いを始めたのは偶然だった。師範学校の近くにある道場の庭で、いつも掃き掃除をしている老人がいた。顔見知りになり挨拶をしているうちに家元であることがわかり通うことになったのだ。

 師範学校へ入るまでは武道に接したことはなかった。しかし元来器用な洋平はどんな運動、種目も卒なくこなした。学業も優秀で身体能力も高い洋平は幼少の頃からなんでもできる子どもだった。

 洋平は広い洋館で裕福に育てられていたが、中学校に上がる頃になると、病弱だった母親が寝付くことが多くなった。お手伝いのカヤさんが雇われて、小さい妹の面倒を見ることになった。

 居合いの家元に初めて稽古をつけてもらう時、自分は器用にこの武道をこなすのだろうとおぼろげに思っていた。しかし、こなすもなにも師匠の稽古は準備体操と走り込み、そして中腰になる居合い腰の練習、そればかりで素振りさえ滅多にさせてもらえなかった。師匠は洋平が練習の手を抜くとすぐに見抜いて、さらに厳しい鍛錬を洋平に課した。基礎をみっちりやらされることに辟易しながらも、洋平は稽古に通い続けた。

 ユカリ

「兄さん、またソファで寝ちゃったのね」

 洋平は眠い目をこすり、ソファの傍に立つユカリを見上げた。カーテンの隙間から朝の光が射しこんでいた。

「絵が仕上がったの。兄さん、見に来てちょうだい」

 ユカリはソファにしゃがみこんで洋平の顔を覗いた。

「おまえこそ徹夜だったのか」

 洋平は起き上がり改めてユカリを見た。ユカリは束ねた髪を振り乱し、絵の具だらけのエプロン姿だったが、上気した頬が桃色に輝いていた。

「僕が見たって、何の批評もできない」

「批評なんかいいのよ。兄さんに見てもらいたいの。さあ、早く来て」

 ユカリになかば強引に手を引かれ、松田はアトリエに入った。

 キャンバスに描かれていたのは机の上の皿や花瓶といった静物だった。ああ、ユカリらしい絵だ。ほっとする絵だ。

「どう、兄さん、気に入った?」

「ああ、色が好きだな」

「それだけ?もっとこう、感動した、とかないの?」

「なんだよ、感動って。そんなの父さんに訊いてみろよ」

「兄さんに見てもらいたいの」

 ユカリは洋平の背中に手をまわして笑った。

「やめろよ、絵の具がつくじゃないか」

 そう言いながら洋平は苦笑いした。

画像 マンガ洋平とユカリ

 昨年、母が病気で亡くなってからユカリは自室にこもって絵画に熱中することが多くなった。それまでも画家である父の影響を受けて絵を描いていたユカリだが、母を失い、それからは一層、絵に夢中になった。父はそれを喜び、自分のアトリエの隣りにユカリ用のアトリエをわざわざ作って絵の手ほどきをした。

 洋平は絵を描くことが好きだった。しかし、父の制作の邪魔をしないようにと、小さい頃から絶えず言われていた。それを言う病弱な母を気遣っているうちに、いつのまにか人前で絵を描くのをためらうようになった。そして母が亡くなると、その喪失を振り払うかのように絵にのめり込み始めたユカリ、それを愛おしむ父。父とユカリが醸し出す絵画への情熱が家の中を支配していった。そうした気配は洋平を息苦しくさせて、次第に絵筆を持つ気力を失わせていった。

 洋平は自分の部屋で気まぐれにデッサンを始めると時間を忘れて描きこむこともあった。幼い頃は自分も画家になるのだと何の疑いもなく思っていた。だが結局、洋平は去年の秋に湯島にある師範学校へ入学した。教員になりたい訳でもなく、画家よりほかにやりたいことも見つからないまま、もうすぐ二年生になろうとしていた。

 松田画伯

 深谷師匠と知り合ってからは、師範学校の帰りに道場で稽古することが日課になっていた。ある秋の夕暮れ、道場を出るとあたりは既に薄暗くなっていた。家の門木戸を入り玄関へ向かうと庭から父の声がした。

「おかえり、ユカリ」

 植込みの奥から父がやってきて洋平の顔を見ると足を止めた。

「なんだ、洋平か」

 なんだはないだろ、洋平は心の中で言い返した。

「ユカリじゃなくて悪かったな」

「なにを訳のわからないことを言っているんだ。今、庭を見ていたのだ。先日の植木屋が切りすぎて、松も木犀も丸坊主だ」

「さっぱりしていいじゃないか」

 そう言い捨てて洋平は玄関を入った。家の中では煮物の匂いが漂っていた。お手伝いのカヤさんが夕食の準備をしていた。

「洋平さん、おかえりなさい」

 田村が近付いてコートを脱がせようとした。

「いいよ、自分でやる」

 田村はそれでも手を出そうとしたが、玄関から松田画伯が入ってくるのを見ると、すぐにそちらへ飛んで行った。田村は住込みの父の弟子で、普段は家の雑用を手伝っていた。父が見込んで弟子にしたのであろうが、洋平には田村に絵の才能があるとはとても思えなかった。ただ、実直で几帳面なところがユカリやカヤさんに重宝がられているようだった。

「兄さん、おかえりなさい」

 ユカリが階段を下りてきた。

「ただいま」洋平はユカリとすれ違い二階の自室へ行こうとした。

「兄さん、ちょっと待って。お話しがあるの」

 洋平はユカリに促されて居間のソファに座った。

 洋平の向かいに腰をおろしたユカリは背筋を伸ばして言った。

「私、美術学校へ行こうかと思うの。兄さん、どう思う?」

「いいんじゃないか。好きなようにしろよ」

 庭から戻った父が居間へやってきてユカリの隣りに腰かけた。

「私は賛成だよ。ユカリの絵には人の心に訴えかけるものがある」

「じゃ、決まりだ」

 洋平が腰を上げようとするとユカリが洋平の手をとって引き止めた。

「兄さん、私、思うんだけど、兄さんも美術学校へ入り直したらどうかしら」

 ユカリの言葉に洋平は思わず気をそそられた。

「だいたいおまえは師範学校で真面目に勉強する気があるのか」

 父が洋平に向かって言った。

「いつも帰りが遅いようだし、成績も良くないみたいだし」

 洋平は一気に気持ちが沈んだ。

「今の学校で真面目にやる気がないなら、学校を替わることも、選択肢のひとつだ」

 普段は洋平のことを気にもかけないくせに急に説教じみたことを言う。洋平は父の言葉にげんなりして、ユカリの手を振り払って立ち上がった。

「ちゃんとやってるから放っといてくれよ」

「おい、話は終わってないぞ」

「兄さん、ちょっと待って」

 階段を上り自室へ入る。父さんは僕を見ていない。ユカリのために僕に説教じみたことを言っているだけだ。

 洋平はベッドに寝転んだ。考えるのもばからしい。洋平は窓の外を見た。きれいに刈られた赤松の木が見える。僕もあんな風に父さんの気紛れで刈られてしまうのさ。どうせ美術学校へ行くユカリが心配で、僕をお目付け役にすることを思いついて言ってみただけなんだ。

 来客

「洋平さん、今日は早めに帰宅するようにと、松田画伯からの伝言です」

 朝、学校へ行こうとすると田村に声を掛けられた。そういえばこのところ父の姿を見かけない。またアトリエにこもって制作に熱中しているのだろう。ユカリの姿もここ2,3日見ていない。やれやれ、芸術家さま達の熱が入ったようだ。

「午後、お客様が見えるそうです」

「わかった。行ってまいります」

 洋平は頷いて玄関へ向かった。師範学校への道すがら、何か焦りに似た落ち着かない感覚に襲われた。先日、美術学校へ行くことをほのめかされたことが、こんなにも自分を動揺させている。父さんが師範学校を望んだんじゃないか。はっきり言われたわけじゃないが、絵の世界へ誘われなかった。それを今更、美術学校へ行けだなんて。

 洋平は市電への道を駈けだした。うじうじ考えるのは馬鹿らしい。こうなったら師範学校で上位の成績を修めてやる。洋平は胸の奥をくすぐる美術学校という甘美な言葉を振り払い、停まっていた市電に飛び乗った。 

 

 帰宅するとカヤさんから声をかけられて洋平は一階の客間へ顔を出した。部屋のなかには父とユカリ、そして見知らぬ女性がいた。

「山本先生、息子の洋平です」

「洋平、こちらは美術学校の山本先生だ。ユカリの今後について相談するためにお越しいただいた」

 洋平は挨拶を交わして端のソファに腰かけた。

「早速ですが、当校の教育方針は」

 美術学校の概要や手続きについての会話を聞きながら、洋平は自分が呼ばれた理由がわからず席を立つタイミングを探していた。向かいに座ったユカリを見ると身を乗り出して大人二人の話を聞いている。

「どうだ、洋平。いい学校だと思うか」

「はい、思います」

「ユカリはどうだ。このまま家で描いていても私は構わんが、一度、外で教わったほうがいいかもしれん」

「はい、とても興味があります」

 ユカリはそう答えながら洋平のほうを見て少し心配そうな顔をして呟いた。

「でも、その美術学校は、女性だけの学校なのでしょう?」

 洋平は驚いて思わず赤面しそうになった。この場に呼ばれたのは、自分も入学を勧められるのではないかと、どこかで期待しながら聞いていた自分が恥ずかしくなった。僕のことじゃないんだ。洋平は逃げだしたくなった。少しでも期待していた自分を罵った。

「私は兄さんと同じ学校へ行けたらいいなと思います」

「それも検討しよう。こちらの学校が気に入ったらこちらに行けばいい。洋平は師範学校を卒業したら教師としてこちらで働くのはどうだ」

 洋平は父親を睨んだ。薄目を開けて父親を睨む視線に山本先生はゾクっとさせられた。

 洋平は勢いよく立ちあがった。

「どこで働くかはまだ先の話です。今は決められません」

「わかっている。今すぐに、という話じゃない。おい、待て」

「失礼します」

 洋平は急ぎ足で客間を出た。

 

 洋平は、学校からまっすぐ家に帰ることはなくなった。道場へも足が向かなかった。カフェで欲しくもない飲物をだらだら飲んだり、活動写真を観て時間をつぶした。

 ある日、御茶ノ水の本屋にぶらりと入り適当な本を手に取って立ち読みをしていると、誰かが背後に立つ気配を感じた。

「こんにちは」

 驚いて顔を上げると山本先生だった。

「先日はお邪魔しました」

 山本先生は髪をきちんと結い上げた袴姿で、いかにも教員らしい身だしなみをしていた。

「あの後、ユカリさんの絵を見せて頂きました。とても素敵な絵でした」

 洋平はただ頷いた。

「じゃあ、急ぐので、僕はこれで」

「今度、あなたの絵も見せてくださいね」

「僕の絵?僕は描きません」

「ユカリさんが、あなたの絵は凄いって言っていましたよ」

 洋平は口の端をゆがめて笑った。

「妹が兄を誉めるって、真に受けないほうがいいですよ」

 手にしていた本を棚に戻して洋平は急いで店を出た。

 

 街をふらつきながら今にも爆発しそうになる気持ちを抑えこんだ。これ以上、振り回されるのはごめんだ。家を出て師範学校の寮に入ろうか。そうだ、留学という手もある。洋平は頭に浮かんでは消える様々な雑念に悶々としながら街をうろついた。

 田村

「田村、今度、画材店に行ったら、この絵の具もお願いね」

「はい、紅ですね」

「似た色を何色か買ってきてちょうだい」

「ちょうど今日、松田画伯のお使いで画材店に行くところです」

「じゃあ私も行こうかな。ほかの色も見てみたいし」

「では車を用意しましょうか」

「いらないわ、すぐ近くじゃない。市電に乗って行きましょう」

「わかりました。お支度できたら声をかけてください」

 ユカリは街路樹の下で市電を待った。少し前までは田村に手を引かれて外へ出かけたものだが、中学生ともなるともう一人前の女性気取りで、今日は日傘まで手にしている。日射しも強くないし傘は邪魔ではないかと田村は言ったが、お気に入りの傘をユカリは手放そうとしない。こんなところはまだまだ子どもだなと田村は笑う。

 身寄りのない田村は、松田画伯の家に住み込みで働くことができて感謝していた。松田画伯は気難しく気分の浮き沈みが大きいが、自分は言われた雑用をこなせばいいだけだし、何より田村は絵を描くことが好きだった。時々、画伯が気まぐれに絵を見てくれることがあり、褒めてもらったり手直しをしてもらったりすると、ますます絵画に夢中になった。お手伝いのカヤさんは料理と子どもたちのことしか眼中になく、自分に無関心なのも却って気楽で暮らしやすかった。

 いつか恩返しをする、と田村は決意していた。こんなに良くしてもらって松田画伯に恩返しをしたい。それは芸術で大成することだろうか、それとも身を粉にして働いてこの家に奉仕することだろうか。きっと両方かもしれない。そんな思いを抱きながら田村は松田家の人々に尽くしていた。

 市電を待つユカリはきゃしゃな身体をくねらせて通りの向こうを覗き込んでいる。その愛らしい仕草にそぐわない憂いをおびた顔立ち。どこにいても人目を惹いてしまう佇まい。田村は覆をかぶせて周囲の目からユカリを隠してしまいたくなった。なんとしてもユカリを守らなければ。それこそが自分の一番大切な仕事かもしれないと田村は強く思った。

校長室の絵

画像 異国の森の診療所 美術学校

 美術学校

 フミは校長室のドアをノックした。

「校長先生、お届け物です」

 返事がないのでドアを開けて中へ入った。校長先生は不在のことが多い。ほかの施設と兼任してこの学校の校長を務めているからだ。ここは女性の自立を目指して女性のために設立された美術学校だった。

 山本先生から頼まれた届け物を机の上に置いた。不在だったら置いて来るよう言われていた。

 校長室を出ようとした時、壁の絵が目に入った。

「あれ、この絵」

 フミはこの絵が好きではなかった。暗い絵だった。蝋燭の灯りを囲んで何人かがテーブルに座っている絵である。不気味な絵だが校長室へ来るたびに目に入ってしまう。

「人が、増えている・・・?」

 絵の中の女性が増えている気がした。ううん、気のせいだ。いつもそんなによく見ていたわけじゃないし。

 フミは急いで廊下へ出た。窓から明るい日射しが射しこんでいた。

「さあ、早く教室へ戻ろう。授業が始まっちゃう」

 

「フミさん、遅いわよ」

 メグミとサキが声をかける。

「安岡教授、今日は仕上げたばかりの作品を見せてくれるって」

「楽しみね。フミさん、早くお座りなさいな」

 メグミに促されて椅子に腰かけると、安岡教授が教室に入ってきた。後から山本先生が大事そうに額縁を携えている。安岡教授は教壇に立つと生徒達を見回して頷いた。

「みんな揃っているな」

 安岡教授に促されて山本先生が額縁をみんなの前に掲げた。

「うわ~」

「すてき」

 生徒達が口々に声をあげた。

 若い女性を描いた肖像画だった。フミは絵に見入った。顔立ちにあどけなさを残した気品のある女性が描かれていた。姿形の美しさだけでなく絵そのものの輝きに吸い寄せられて、いつまでも見惚れてしまうような肖像画だった。すてきな女性。あっ、でも、どこかで見たことあるような。フミは絵の女性を見ながら首をかしげた。誰かに似ているのかな。この顔、どこかで。

「素晴らしい絵ね」

 サキの言葉にメグミが答える。

「女性の意志が、いいえ、作者の意志と女性の意志が一体となって、その思いが絵からあふれ出てくるようだわ」

「今度の院展に出品するのかしら」

「きっとそうよ。安岡教授の自信作よ。見て、教授のあの満足そうな顔」

 メグミとサキは小さく笑った。

 放課後

 生徒達の騒ぐ声が聞こえてきて山本先生は教室へ入った。

「何を騒いでいるのです。もう下校時間ですよ」

「山本先生、この本、見てください」

 メグミが差し出した洋書には不気味な挿絵があった。

「図書館でフミさんが見つけてきたのだけど、フミさんったら」

「どうしたの。フミさん、話してみなさい」

 山本先生に促されてフミはしぶしぶ話しだした。

「校長室の壁に掛けてある絵が、この絵に似ているなと思って」

「校長室?フミさん、届け物を置いておくよう頼んだことはあるけれど、室内をあれこれ物色することは許しませんよ」

「いえ、物色なんてしていません。絵が目に入ってしまうのです」

 フミは思い切った様子でしゃべりだした。

「先生、この間、校長室へ行った時、久しぶりに絵を見たのです。目に入ってしまったのです。そうしたら、絵の中の人が、人が増えていたのです」

「増えていた?」

「その時は気のせいだろうと思って忘れていました。だけど図書館でこの本を見つけて」

 本のタイトルは『降霊会』となっていた。挿絵は確かに校長室の絵と似ていた。

「フミさん、この挿絵を見つけて、すごく怖がっちゃって」

「だって降霊会だなんて、校長室の絵も降霊会の絵かもしれないと思うと怖くなってしまって。そういう絵って、呪いとかありそうでしょう」

「落ち着きなさい。校長室の絵は、校長先生がご自分で持ち込まれた絵です。きっと大事になさっている絵なのでしょう」

 山本先生はフミの手から洋書を取り上げて言った。

「これ以上校長室のものを何か言うことは私が許しません。この話はもう終わりです。さあ、もう帰りの支度をしなさい」

画像 マンガ 校長室の絵

 火事

 大正11年の秋、美術学校の校舎に火の手があがった。裁縫室から出火したのだ。

 そこは、女性の自立を目指して女性のために設立された美術学校だった。一時、経営が立ち行かなくなり、援助を請われた天祥堂医院が財政面と人材の支援を行った。そのため天祥堂医院のトップが美術学校の校長として就任していた。

 

 サキは一人で教室に残り課題の水彩画を描いていた。焦げくさい臭いに気付いて教室を出た時には、あたり一面、煙だらけだった。サキは目を瞑り両手で耳を塞いだ。こわい、どこへ逃げればいいのか判らない。サキはよろめいて座り込んだ。

 その時、どこかで声が聞こえた。

「おーい、誰かいるのか」

「助けて」

 サキは叫ぼうとしたが大きな声が出なかった。もうだめだと諦めかけた時、煙の向こうから駆け寄る人影があった。

「きみ、大丈夫か」

 若い男性のようだった。

「こっちだ、早く。煙にやられるぞ」

 男はサキの肩を抱いて廊下を進んだ。しかしその時、大きな地響きが轟いた。建物のどこかが崩れ落ちたようだった。目の前の廊下にも火の粉や煤が降ってきた。壁や天井全体が黒く燻りだしてミシミシと音を立て始めた。

「あぶない」

 男はとっさにサキの顔の前に身体を覆ってサキをかばった。
 焼けこげた天井板のようなものがどんどん降ってきて大きな木片が男の左腕を直撃した。

「つぅ、あちっ」

 燃え出していた木片は男にひどい火傷を負わせたようだった。
 ケガの具合を心配する余裕もなく、サキは男に支えられながら、やっとのことで玄関に辿りついた。

 サキはへたりこんだ。

「だめだ、建物からもっと離れないと」

 男はサキを抱きかかえるようにして歩き出し、職員や生徒たちが避難しているところまでなんとか辿り着いた。

「サキさん!」

「大丈夫?おケガは?」

 職員や女生徒達が駆け寄ってきた。

「煙を吸っているかもしれないから、落ち着いたら救護班のところへ連れて行ってください」

 男は職員にそう告げると、燃えている校舎のほうへまた引き返そうとした。救援活動を続けるようだった。

「ありがとうございます」

 サキは顔も上げられず小さな声でお礼を言うのがやっとだった。

 その時、若者の腕が赤く腫れているのが目に入った。ゆがんだ長方形の赤い跡。キズ?ヤケド?ああそうだ、さっき木片が落ちてきた時、サキをかばって腕にケガをしたのだ。 

 サキが何か言う前に男はいなくなっていた。

 火災を聞きつけた天祥堂医院の教職員、医学生たちが三軒坂の校舎へ駆けつけた。生徒達を校舎から避難させ、動けない者の介助やケガの応急手当をした。

 寄宿舎も延焼してしまったので、美術学校の女生徒たちは天祥堂医院に避難して医院の講堂に宿泊することになった。

 日頃から天祥堂と美術学校には物理的な交流があった。教室の貸し借りなどで医大生や職員がよく出入りしていた。詳しいことはサキには判らないが、経営も一緒なのかもしれない。天祥堂医院の院長先生は美術学校の校長先生と同じ人らしいが、校長先生が美術学校へ顔を出すことはほとんどなかった。サキは校長先生がどんな人か知らなかった。美術学校の敷地で医大生を見かけることはあったが、暗黙の了解で医学生と美術学校の生徒は隔てられていて接する機会はなかった。

 しかし今日の火災では天祥堂医院の人達がすぐに駆けつけて、その迅速かつ献身的な救護のおかげで生徒達は全員無事だった。美術学校の教職員や生徒達は天祥堂医院に深く感謝した。とりわけサキは、もうだめだと思った時に現れた男性はまさに救世主に思えた。ちゃんとお礼を言いたいと思った。どんな姿形の男だったのか覚えていないのが悔やまれた。

佐藤先生の往診

画像 洋平とユカリ

松田画伯が事故により急死した。洋平とユカリは孤児となった。

 松田画伯の家

「洋平君、この度は本当にご愁傷さまです」

 玄関で帽子を取った佐藤先生は高い背を折り曲げながら挨拶した。

「佐藤先生、ご無沙汰しています」

「葬儀のときに会ったのだよ。君は放心状態だったから覚えていないだろうが、ずっと心配していました」

「ぼくは大丈夫です。それより今日はユカリをよろしくお願いします」

「洋平君、もっと頼ってくれたまえ。いつでも相談にのるから」

 洋平と佐藤先生は階段を上りユカリの部屋へ向かった。

 

「ユカリ、佐藤先生がお見えだよ」

 部屋に入ると、ユカリは力なくベッドに横たわっていた。人と会うのを嫌がるかと思っていたが、田村が伝えに行くとユカリは佐藤先生の往診を承諾した。ユカリにとって佐藤先生は身内に近い存在なのかもしれない。母親の最期を看取ったのも佐藤先生だった。

 ユカリとまともに顔を合わせるのは葬儀の時以来だった。頬はこけ眼には異様な光をたたえている。どこかあらぬ世界を見つめているかのような目だった。

「ユカリ、具合はどうだい」

「大丈夫。兄さんこそ、ひどい顔している」

「そうかな」

「ユカリさん、お久しぶりです」

 佐藤先生はベッド脇に歩み寄りユカリと挨拶を交わした。洋平は階下で待つことにした。

 

「兄さん、心配かけてごめんなさい。私はもう大丈夫」

 佐藤先生を見送ったあと、ユカリが言った。先生の往診前とはうって変わって、張りのある声だった。

 佐藤先生からは、栄養剤の注射と飲み薬を処方されて今日の診察は終わった。

「兄さん、ここに座って」

 ユカリにうながされて洋平はそばの椅子に腰かけた。

「兄さん、秘密の話があるの。佐藤先生から聞いた話、兄さんにだけ教えるね」

 洋平は心配だった。佐藤先生の往診で、間違いなく朝より元気になってはいるが、その顔は、どこかうわの空で心ここにあらず、という表情をしていた。

「あのね、お母様は生きているの」

 洋平は絶句した。何を言っているのだろう。佐藤先生は何を言ったのだろう。

「兄さんの驚いた顔、おかしい」

 ユカリは頬をゆがめて笑った。久しく聞いていなかったユカリの笑い声だった。

「兄さん、私の頭がおかしくなったと思っているのでしょう」

 洋平は黙っていた。言うべき言葉が見つからなかった。

「佐藤先生がドイツへ留学した時の話をしてくれたの」

 

 それは不思議な話だった。ユカリが自分で作ったお伽噺を聞かせているのではないか、洋平はそんな気がしてきた。ユカリの声は洋平の耳を右から左へと通りすぎていくだけだった。それでも、臥せって気力も萎えていたユカリが、こうして声を出してしゃべり続けている、そのことに洋平は安堵していた。

画像 洋平とユカリ

ユカリの言葉に洋平は絶句した

 佐藤先生

 私がどのようにしてあの絵を手に入れたのかお話しする時が来たようです。

 できることなら忘れてしまいたい、しかし手放すことができない、あの一枚の絵がどこから来たのか、どのように私を苦しめるのか、洗いざらい打ち明けましょう。

 

 私の人生は傍から見れば順風満帆な誰もがうらやむくらいの良き人生と言えるかもしれません。しかし、どの人生、どの暮らしにも、他所からはわからない苦難、苦痛がつきものです。振り返れば、私の人生も不思議な出来事に翻弄された数奇な人生であったように思います。

 

 医者を志して勉学に励み、医科大学に合格した時は、歓喜に胸が打ち震えました。これから医学を勉強し、病に苦しむ人々の手助けをするのだ、と希望に胸を膨らませました。入学後は真綿が水を吸い込むように、新しい知識、新しい概念、そう、新しい世界すべてを吸収し、考え、学び、研究しました。

 無事、国家試験に合格し晴れて医者になった時には、自分を誇らしく思いました。世界が輝いて見えたものです。

 

 優秀な成績で医科大学を卒業し、外科に入局して、医術の仕事に邁進しました。そして明治30年にヨーロッパへ留学したのです。

 ウイーンの港へ降り立った時、29歳の私は、希望に胸を膨らませていました。ヨーロッパの最新の医術を学ぼう、外科の技術を研鑚しよう。私の頬は、さぞや薔薇色に上気していたことでしょう。

 

 その娘はトーラという名でした。

 留学生の私を迎えて同僚たちが歓迎会を開いてくれました。その時に一人だけ女性が混じっていました。たった一人の女性だったので、私は雑用などのお手伝いさんかと思っていました。しかし研修ガイダンスが始まり、病院内の回診の時にも同行していたので、不思議に思い、外科の先輩医師に尋ねてみました。

「彼女はどういう役割の人なのですか」

「トーラは内科を希望しています」

「内科?えっ、医者なのですか」

 それまで女性の医師についてほとんど見聞なかった私は驚きました。

「トーラは医学生です。お父上が診療所を経営しているのです。この大学を卒業したら診療所を継ぐそうです」

画像 サトウとトーラ
卒業したら父親の診療所を継ぐのです

腕に傷のある男

タイトル:異国の森の診療所
舞台:美術学校
登場人物:サキ メグミ フミ 山本先生

画像 異国の森の診療所 美術学校の登場人物

異国の森の診療所 美術学校 登場人物

 フミ

 フミは次の停留場で降りるため乗降口の近くへ移動した。

「すみません」

 前方にいた男性と軽くぶつかってしまい謝ると男性も「失礼」と会釈した。男性は身体の向きを変えると、つり革をつかんだ。袖口から肘がのぞいた。フミはその腕を見て目をみはった。傷跡、長方形の傷で皮膚が引きつれている。左手。フミは凝視した。

 男性はフミの視線に気づいて、つり革を右手に持ち替えた。

「あの」

 フミが声を掛けようとした時、路面電車は停留場に着いて、フミは他の乗客に押されるようにして外へ出た。

 通りから路面電車の窓を見上げたが、男性の姿はもう見えなかった。

 

「サキさん、メグミさん」

 寄宿舎の食堂にフミが駆け込んできた。

「どうしたの、フミさん」

「あの、ほら、傷痕の」

「なあに、また、傷のある人はいませんでしたって報告かしら?」

 メグミの言葉にサキは吹きだした。

「ちがうの、見たの、左手に傷のある男」

「えっ、本当?」

「どこで?」

 サキとメグミは矢継ぎ早に声を上げた。

「さっき市電に乗ったとき。いたの、はっきり見た」

「本当に傷だった?大きくて四角い感じで、かなりひどいアトのはずよ」

「うん、そういう傷だった」

「どんな人だった?医学生?」

「それがちょうど降りる時で」

「じゃあ、その人と何も話していないの?」

「市電が混んでいて、立ち止まって話せる感じじゃなかったの」

「顔は見たのでしょう?」

「ええ、どこかで会ったらすぐ判る」

「フミさん、どこかで会う機会なんてこの先ないかもしれない。絶対、引きとめて話を聞くべきだったわよ」

「そんなことないよ、フミさん。見ず知らずの殿方に声かけるのなんて勇気がいるよ」

「そうだ、フミさん、顔を見たのなら似顔絵かいてよ」

「うわっ、そうだね。うん、今描く。スケッチブック、今持っているから」

 フミは手提げからスケッチブックを取り出しサラサラと鉛筆を走らせた。

 サキとメグミはフミの描く絵を覗き込んだ。

「幾つぐらいの人だった?」

「えっとね、若い人だった。学生かもしれない」

「サキさん、どう、思い出した?」

「思い出すも何も、あの時、顔見てない。どんな顔か知らないもの」

「うーん、唯一の手掛かりがこの似顔絵ってことか」

 フミは似顔絵に陰影をつけて更に描き進めた。

「それから頬はこんな感じで・・」

「フミさん、あんまり描きこまないで。芸術的にしないで。これじゃ、若いのか年配なのか、判らなくなっちゃったじゃない」

「本当、これじゃ抽象画だわ」

 三人は大きな声で笑いころげた。

画像 フミとメグミ

寄宿舎の食堂にフミが駆け込んできた

 メグミ

 メグミは制服で通りに出た。私用での制服の着用は禁止、と学校から言われていたが、メグミは制服で街を歩くのが好きだった。外へ出る前に、上着をキチンと羽織ってスカート丈がおかしくないか点検した。今度、学校に被服科も出来るらしいから、講義を受けてみたいわ。そんなことを考えながら路面電車の停留場まで歩いた。今日は先生のお使いで銀座の画廊まで行く。大手を振って制服を着て街を歩けるのが嬉しかった。

 ちょうどやって来た路面電車に乗り込み、銀座へ向かった。窓から見える街には人があふれていた。通りを早足で行く人、沿道のお店に出入りする人。忙しそうな人々とのんびり歩く人々で街はごった返していた。

「あら、あの制服」

 通りの向こうに同じ制服姿が見える。

「えっ、フミさん?」

 大通りでフミは誰かと話していた。

「男性といるわ。お知り合いかしら」

 人混みに紛れてフミの姿は見えなくなった。

 フミ

 御茶ノ水の画材屋からの帰り道、フミは四つ辻のところであの男性を見つけた。

「間違いない。あの人だ」

 フミは今度こそ逃すまいと思った。急いで男性に追い付いた。

「すみません」

 声を掛けると男性は振り向いた。

「突然おそれいります。先日、市電の中であなたをお見かけしました」

 男性は不思議そうな顔をして少し考えた。

「そうでしたか。ちょっと失念しておりまして」

「あの、失礼ですけど、その時、左の腕の傷を見てしまいまして」

 男性の顔色が変わった。優しそうだった目が急に険しくなった。

「人ちがいでしょう」

 男性は足早に歩きだし、大通りを往き来する人混みに紛れてすぐに見えなくなった。

 

 フミは心臓がどきどきした。怖かった。あの目、人を射るような眼光だった。何か踏み込んではいけない気配があった。

「こわい、私、何か悪い事したのかな。怒っているみたいだった」

 フミは学校へ向かってとぼとぼと歩き出した。気持ちがふさいだ。今日のこと、サキさん達に話すのよそうかな。あの目を思い出すと身がすくむ。これ以上あの人と関わりたくない。きっと、傷痕のことを人に知られたくないんだ。あんなにひどい傷だもの。私、もう傷のこと訊きたくない。

 メグミ

「サキさん」

 学校へ戻るとメグミはサキを捕まえて話し出した。

「きょう私、先生のお使いで銀座まで行ったでしょう」

「お疲れさま。メグミさんはしっかりしているから、いつもお使い頼まれるね」

「それでね、その時、私、市電の窓から見ちゃったの」

「何を?」

「フミさん。フミさんが殿方と話しているところ」

「えっ、殿方と」

「遠くから一瞬見ただけだけど、確かにフミさんだったわ」

「誰といたのかな。私たちの知っている人?」

「そんなわけないでしょう。殿方で私たちの知ってる人なんて、安岡教授くらいよ」

 フミ

 デッサンの授業中にフミはスケッチブックをパラパラとめくっていた。一枚の絵のところで手がとまった。そこには男の似顔絵があった。メグミたちに請われて描いた、腕に傷のある男の絵だった。フミは新しいページを開いて、鉛筆で男の顔を描き始めた。あの時こわかった。人を射るような鋭い眼差し、人を恐怖に陥れる眼差し、しかし自分で改めて描き始めてみると、微かな悲哀がその瞳に表れてきた。フミは鉛筆を走らせながら、この男性に抱いている恐怖が少しずつ薄らいでいくのを感じた。

「フミさん、何をしているのです」

 フミの前に山本先生が立っていた。

「山本先生、すみません」

 フミは急いでスケッチブックのページを閉じようとしたが、山本先生はフミの手からスケッチブックを取り上げた。

「モデルのデッサンはどうしたのです」

「すみません、先生。すぐにやります」

「これは誰ですか」

「知らない人です。道で見掛けた人ですが気になって、つい描いてしまいました」

 山本先生はフミのデッサンをじっと見つめた。

「さっさと課題に取りかかりなさい」

画像 山本先生とフミf:id:romiihao:20210301122659p:plain

フミの前に山本先生が立っていた

地下室の鍵

画像 異国の森の診療所

トーラはサトウを連れて実家へ戻ったが、父から結婚を反対された。トーラは代々続く診療所の跡取りだった。サトウと結婚して家を出ることは許してもらえなかった。

ハンスとサトウ

 サトウはハンスを見直した。苦労知らずのやんちゃな御曹司に思えたハンスだが、トーラの学業への熱心さを考えれば意外なことではなかった。ギヨン家には勤勉さという誇るべき気質が息づいているのだ。

「これは投げ出すわけにはいかないんだ。サトウは、投げ出すなら今のうちだよ。さっさとこの家から逃げ出したほうがいいと思うよ」

 ハンスは縄に熱中し始めてサトウへはもう見向きもしなかった。

トーラとハンス

「ハンス、地下室の倉庫の鍵を開けてほしいの」

「あの秘薬の?無理だよ。ほかの地下室なら開けられるけど、あれだけは何度やってもダメだった」

 

 その夜、地下室への階段を下りるふたつの影があった。

「ほら、この錠前、ここでしか見たことないような特殊な形だろ」

「ペーターに何かうまいこと言って、鍵を取ってらっしゃい」

「だめだよ。鍵置き場に、ここの鍵だけはないんだ。子どもの頃から何度も探したけど」

「どこかに隠してあるのね。お父様の部屋かしら」

「とっくに探したよ。お父様の部屋にもなかったさ」

「私たちが絶対行かないような所に隠してあるんだわ」

「ねえ、鍵が開いたら秘薬をどうするの」

 トーラはハンスを睨みつけた。

「いい?ハンス。私は東の最果ての国ヤーパンへ嫁ぐけど、この家の秘薬は私のものよ」

画像 ギヨン家長女トーラ

ギヨン家長女トーラ

 ハンスはトーラの顔を見てたじろいだ。

「わかってるよ。どうせ、お父様は僕に秘薬を渡すつもりはないさ」

「そうよ。あなたはおとなしく私の言うとおりにしていればいいの」

 トーラは地下通路の冷たい石壁に寄りかかった。

「私たちが遊ばなかった場所、近寄らなかった場所ってどこだろう」

「診療所や薬品庫、かな」

「あそこは人の出入りが多いわ。もっと人目につかないところ」

「ああ、僕、怖くて行かなかった所あるよ」

画像 トーラの弟ハンス

トーラの弟ハンス

「北棟の客間の奥。あそこの廊下に絵が掛かっているだろ」

「あれか。小さい時から、あの絵には近付かないようにしていたっけ」

「そうだよ。絵の人物と目が合うと、絵のなかに引きずり込まれるって、さんざん脅かされて」

「怪しいわね。その絵、見に行きましょう」

 ハンスはクルリと踵を返すと階段を駆け上った。

「いやだよ。僕は絶対、行かないからね」

 捨て台詞が階段の上から響いて、ハンスの姿はたちまち見えなくなった。

「この臆病者」

 トーラは地下室の石壁を叩いてその痛さに思わず顔をしかめた。

画像 ハンス

ハンスはクルリと踵を返すと階段を駆け上った

サトウとトーラ

 サトウはトーラに連れられて暗い廊下を歩いていた。トーラは壁にかかっている絵の前で立ち止まった。

「サトウ、この絵を見てはいけない」

 視線をすでに絵のほうに向けていたサトウは驚いた。

「この絵の人物と目が合うと、絵のなかに引きずり込まれてしまう。そういう言い伝えがある」

「もっと早く言ってくれよ。あやうくじっくり見るところだった」

 この城に来てからというものサトウは今までの暮らし、故郷の日本や欧州の医学校での勉学、そういった日常から心が乖離しつつあった。門外不出の秘薬だの先祖伝来の秘術だの、怪しげな話が飛び交い、現実とかけ離れた別世界を浮遊しているかのような気分だった

 そしてトーラの威圧に満ちた声が耳もとで響く。

「サトウ、試しに見つめてみたらどう?」

 トーラはサトウと同じくらいの背丈だったが、時に見下ろすようにしてサトウに指示を出す。トーラはこんな女性だっただろうか。私の愛した女性はこの人なのだろうか。自分はまるでトーラの操り人形だ。そんな暗鬱とした思いが胸をよぎった。

「ここは子どもの頃から近付いてはいけない場所だった。きっとここに地下室の鍵が隠されていると思う」

扉をたたく登場人物

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異国の森の診療所

長編小説を一編だけ書いたことがある。校正を重ねて投稿した。箸にも棒にも掛からなかった。すっぱりと足を洗い小説のことはすっかり忘れた、つもりだったが、ふとした瞬間、登場人物たちの見た光景が甦る。

たとえばサトウが病院の窓から見た三日月。サトウは月を見上げて、遠い記憶、ドイツの深い森で見た三日月を思い出すのだ。

たとえば天井の高い洋館。そこは美術学校の寄宿舎。フミは山本先生の後をついて夜の寄宿舎を歩く。

心に残っている場面を振り返りたくなった。イラストにして少しずつ書いていきたい。登場人物たちが望むままに。

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